2010年7月7日水曜日

i was in sick...

さてさてミンダナオに来て一ヶ月とちょっとが経ちました。この一ヶ月でだいぶこっちの生活にもなれてきました!!・・・と言いたいところですが、つい最近までデング熱というものにかかっていました。そしてさらに入院して点滴を打つという日本でもなかなか経験しないことをこないだまでしていました。

一ヶ月で体調を壊した回数、3回
飲んだ薬の数、たくさん
病院にいった回数、1回
検尿、2回 検便1回

なぜこんなに体が弱いのだろうか??高校ん時から弱いのは知っていたけどここまで弱いとは。ちなみにお腹の調子は特に問題ありません。なぜならもう薬を飲んでウイルスを取り除いたからです。日本にいた時よくお腹を壊していたのは体内のウイルス(アメーバがいたらしい)のせいです。ちなみにそのアメーバも昨年夏にフィリピンでもらいました笑

それで最近思うのは日本は清潔できれいな国だけど、日本人はばい菌やウイルス、病気に対して抵抗力が小さいのかな、ということ。フィリピンだけでなくほかのアジアの国もそうだけど、排気ガスはすごいは水はきたないはハエや蚊かものすごいは一年中暑いは、きれいとはいえない環境です。

そんな環境で子どもの頃から育ってきた彼らはとてもたくましいです。そしてなにより健康管理がとても上手です。

野菜、ビタミンC、魚などバランスよく取ること
疲れたときはまず休むこと
暑くても体を冷やすのは休んでから

日本人は健康管理があまり上手ではないのか(それとも俺が下手なだけなのか笑)と考えるこのごろです。そしてフィリピン人は沢山蚊がいるのにあまり噛まれないのはなぜなんだろう・・・。

退院してやっと体調が元に戻りつつあります。しかし、実は俺が退院した時に、アテビン(お世話になっている人)の知り合いの人の従妹が俺と同じデング熱にかかってパブリック病院に入院してるとのこと。同じ病気ですが、重さは人によって違います。・・・その子はまだ20歳になってませんが、今日病院でなくなりました。俺が入院したとこは私立の病院でお金のかかるところだったけど、公立のは一番安いけど十分な治療ができません。緊急で私立の病院に搬入したけど間に合わずCPUの中でなくなったそうです。

フィリピンの病院は金がかかります。体調管理が上手と書いたけど、それは病院にかからなくても大丈夫なようにするためで、思い病気になってしまったり出産の時には病院にいかなければならない。

デング熱の子は一度も会ったことないけど、でもその子が亡くなったと聞いて落ち込みました。俺は幸い治療を受けられる環境にあるけど、やっぱりほとんどのフィリピン人は治療が受けられず、病気に苦しんだりなくなったりしてるんだと感じる。

久しぶりの日記がちょっと暗いけど、僕は早く治して元気出したいと思います。それと皆さんもしよかったらブログ見てくださいね!!それでは^^

Ps: Wカップ日本惜しかったですね。でも非常に日本にとっていい大会だったと思います。解説の人は本田のことSuzuki HONDAと呼んでました笑

2010年6月22日火曜日

stuation of hospital in mindanao



こんにちは!!takaです^^フィリピンで髪を切りました!!すっごい切られましてしかも変な髪形…。早く髪が伸びることを願って、それまでは市場で買った帽子を愛用しようと思います。

そして今日はコミュニティのことは次回に回して、市内の病院のことを少しですが紹介します。
ここジェネラルサントス市ではPublic Hospitalはひとつしかありません。一応Publicなので政府が管理しているのですが、そこは病院というより避難所のように感じました。一階立ての建物でそこには生まれたばかりの子どもと母親がざっと100人くらいいました。
しかし、ほとんどの患者さんは部屋がなく、待合室、廊下、約30のベッドが並んでいる大広間に所狭しとベッドを並べて横になっていました。出てくる料理はプレートにご飯1カップとおかず少しにバナナ一本です。双子の赤ちゃんが生まれた家族は待合室にベッドを並べて横になっていました。生まれて1ヶ月ほどの赤ちゃんはお腹の調子が悪く、薬を飲ませてもすぐに床にはいていました。
 生まれたばかりの赤ちゃんにはまだ免疫がなく、清潔な環境でないとすぐに病気になってしまいます。そのため、生後まもない母子には入院することを病院側は勧めるのですが、その数がとても多いため病院のキャパが間に合っていません。
 もちろんPublic Hospitalのなかにも一人部屋があって、そこにはテレビもエアコンもきれいなトイレも備わって快適なところです。しかし、そこですごすには一日800ペソ(約1600円)かかります。ジェネラルサントス市には私立の病院はたくさんありますが、私立だと一人部屋の値段は一日1500ペソ(約3000円)かかってしまうそうです。しかし、Public Hospitalの大広間は一日300ペソ(約600円)でいいそうです。
 ちなみにジェネラルサントス市のデパートで働く人の給料を聞くと一日160ペソ(約320円)でした。この給料から考えてPublic Hospitalの個室で一週間生活すると、単純計算で35日分働かなければなりません。
 
 また、病院には十分な薬がありません。アテビンの知り合いの女性が出産に手術が必要になり、そのため薬を買いに行くことになりました。市内のドラッグストアを7~8件回っても見つからず、私立の病院にいってもありませんでした。結局薬は買うことができず、そのまま手術し出産しました。何の薬かは分かりませんが、きっとめずらしい薬だとは思いますが、薬の種類、個数が足りないのだなと、実感しました。

 市内の多くの妊婦さんはいちばん安くすむように病院へ行きます。そのため、Public Hospitalは患者さんであふれかえり、薬も不足している現状です。市内の人はそれでも病院にアクセスしやすいですが、町から離れているコミュニティの人はどうしているんでしょうか。フィリピンの病院事情でした。

PS:i participate rally on 22 June, its so fun for me haha.

2010年6月13日日曜日

MY BOSS AND FRIENDS



こんにちは、takaです。やっぱり自分のパソコンを使って自分の言葉(日本語)でアップしようと思います。そして、私は今のとこののんびり過ごしています。とても暑くて毎日夏バテです。。。

さてさて今日はお世話になっている人たちを紹介します。
私が一番お世話になっているボスの名前は通称アテビン。10人兄弟の長女で55歳のお方です。とてもパワフルで毎日毎日忙しい日々をすごしています。子どものころ住んでいたところを軍に追われ、父親も軍に殺されました。悲惨な過去を持つ彼女は1994年からオーガナイザーとして働いていて、子ども、母親、農民、漁民、コミュニティなど組織化、ファシリテートしてきました。今はMORO WOMEN CENTERのボスで私は彼女にいつもくっついています。

次に紹介するのはそんなアテビンの姉妹にあたるナプサさん。彼女もまた力強くPASASAMBAOというNGOのリーダーです。PASASAMBAOは主にヘルスケア、健康促進が主な活動ですが、コミュニティに行ってセミナーを開いたり、患者を診断したりしています。お腹の調子が悪い時、私も鍼治療してもらいました。とても元気で優しい人です。

次に紹介する人もまた彼女たちの姉妹で埼玉在住のアテアガです。彼女は以前MORO WOMEN CENTERのスタッフでしたが、日本人の方と結婚し日本で暮らしています。そんな彼女もまた、KAFFINというNGOで活動していて、日本在住でさまざまな問題(異文化、言語、コミュニケーション、DVなど)を抱えるフィリピン人の支援をしています。とても親身に話をする姿が印象的だった方でした。

他にも、モロユースとして4月から活動しているジェネリンとファウ、昨年12月もお世話になったサムさんやミッシェル、ジェネラルサントス事務所にいる日本のNGO ICANの拓哉さんやコミュニティの人たち、一緒に住んでいるアテビンの家族の人たち、などなどたくさんの人たちと出会ってすごしています。

しかし、やはりアテビンの姉妹はとても活動的で毎日感化されています。(感化されてばかりじゃいけないのですが…苦笑)彼女たちを表彰する機会を絶対設けるべきだ、と心の中で思っています。

ちなみにアテというのはフィリピノ語でお姉さんという言葉です。年上の女性を呼ぶ時に使います。ナプサさんは自然にナプサさんと呼んでいます。

次回はコミュニティに行ったことをアップしようと思います。みんなぜひ見て感想ください!!それではまたー^^


PS; in the house i stay, i can watch the 2010 FIFA W-cap south Africa on TV

2010年6月6日日曜日

Long time no see^^


How are you?? It took 2 weeks since I came here in General Santos city. And I am so sorry to write blog in English...

For 2 weeks... I met many people.. Someone are organizer, someone live in community, someone has a 11 finger!! but he is a gey and too close to me ;_;..

Today I introduce the one big problem about Brownout.
Nowadays I experience brownout(like teiden). According my boss it starts from January, and the electric company(SOCOTECO2) don't supply the electric power. Before January, they can supply enough electric power for 2 province and 1 city. NGCP and coral houlding are the big company which own the power plant in miondanao.Actually they own power plant and SOCOTECO2 is a buyer from them. According to them, the brownout is cause shortage of electric and insist the necessary to build new coal-fire power plant..

but during election and the boxing game in TV, there are no brownout and my boss ate bing and other organization act against that.

on May 30, she went to community for the discussion about brownout. there are 20 people and it took 2 hours... people said the electric bill increase from 4 peso to 7 peso/KW and they also against brownout.

and also May 30. we made poster for anti-power plant with moro youth.

on June 1, there is a demonstration in Gensan. I couldn't go there because of danger and my stomach ache... around 70 people attended and they shout and put the poster on the wall with other group BAYAN MUNA, GABRIELA,ANAKPAWIS,ACT TEACHERS'PARTYLIAT,KABATAAN,KATRIBU.(these may be a partylist but im not sure)

So in here gensan, They will fight against electric company for their life. I am not sure what happened but I try to understand about brownout..

2010年5月20日木曜日

読書会^^

こんにちは~takaです!!

ブログを書いていて思います。文が長すぎて読みづらいです。。。これじゃうまく表現できず、打ってる俺自身が疲れて内容がグダグダになってしまいます。ので今後から頑張って分かりやすくかつ短く書いていきます^^

今回のブログは読書会について書きます。ちなみに先週から始まり今日二回目を開催しました。(前回は「第二の侵略」というビデオを見ました)
参加者は6人!!先輩が休まれてちょいと心配です…。

読んだ本は「バナナと日本人」鶴見 良行 岩波書店 です。

・私たちが食べているバナナがどこからきているか

というところから始まり

・ミンダナオ島の土地問題
・日本人のミンダナオ入植の歴史(麻農業)
・バナナ農園の出発
・多国籍企業の戦略
・契約農家の実態

そして
・日本の食卓へ
・作る人のことを思いながら
といった流れで書かれている本です。俺がバナナのシールを見るきっかけを作った本です。
ぜひ皆さんも読んでみてください^^あっ読書会も参加してみてください^^

俺もこの本のように、ミンダナオで調べ物とかして自分の感情論ではない客観的なデータを書いていけたらと思っています。

それでは、24日いざフィリピンに行ってこようと思います。

2010年5月19日水曜日

前回のつづき

こんにちは^^takaです!!21日の金曜日に実家のある広島に帰ります。さすがに家族とばあちゃんその他小さい頃からお世話になってる人のとこに顔を出していこうと思います。

前回書いたブログの内容を若干忘れてしまいましたが、つづきの強い動機について書きたいと思います。俺が12月に行ったとき一番強く感じたことはミンダナオとフィリピンのつながりです。どんなつながりかというと、一方的な押し付けがましく見えにくいつながりです。現地の生活と私たちの生活のつながりです。。。それを身近なもので紹介します!!

フィリピンといえば何を思い浮かべますか??
フィリピンミンダナオ島といえばやはりバナナです!!(フィリピンパブの人もいると思いますが笑)みなさんが食べているであろうバナナは約80%はフィリピン産だと思います^^俺も高校のとき朝たくさん食べてました!!そんなバナナについているシールには何が記されているでしょう!?

Dole又はDel monteかなんかのシールだと思います。そしてそれはアメリカの企業名です。今度買い物に行くときにスーパーの果物コーナーにある商品をよーくみてみてください。パイナップルとかジュースとかそのシールがついているものは結構あります。日本では生産が難しいものがたくさん海外から送られてきています。

これが私たちの日本での生活の一部ですが、俺がフィリピンでみた光景、そして勉強していることは輸出している側のことです。。。
フィリピンは前にいった通り農業国なんで「土地」が最重要になっています。しかしそんな土地を大規模に所有しているのは現地の人々ではなく外資系企業になっています。それがすなわち、アメリカのDoleやDel monteといった会社が所有しています。ちなみにミンダナオを車で移動していましたらパイナップルプランテーションがありました。道なりに地平線まで広がりパイナップルが生い茂っています。かれこれ15分、車で走ってもその景色は続きました。。。

なにが言いたいかというとそのプランテーションってのが厄介です。いったいどうやってアメリカ企業はその土地を手に入れたのでしょうか。。。フィリピンではミンダナオ島で10の法律がありました。その中には政府に土地登録していない土地は公有地とし政府の所有となる、公有地法。また、イスラム教徒の土地はすべて公有地になる。さらに、公有地は無償で企業に使用できるという法律があります。そして土地制限としてイスラム教徒は4ヘクタール、キリスト教徒は24ヘクタール、企業は1024ヘクタールまでと制限があります。(第二の侵略、ビデオ参照)

ちなみに初めて日本人で資源をもとめミンダナオに入ったのは戦中の頃です。その人は麻を求めていました。植民地時代を経て今までアメリカを始め日本やスペインの企業がその豊かな資源を求めミンダナオに進出しています。そんな企業はフィリピン政府や軍と絡んでどんどん土地を得ていきました。

土地は先祖代々先祖から引き継いでいます。もちろん政府に申請したりはしていませんでした。そんな中ある日、土地を軍がきて奪われてしまいます。ジェノサイドとよばれる虐殺もおこりました。。。避難民もかなりの数出ました。私がお世話になるアテビンのお父さんもフィリピン軍に撃たれて殺されました。

アテビンはそんな現状で苦しんでいる人たちの支援を考えて、組織を作ったり職業支援したりと活動を続けています。前に書いたラントンというコミュニティは軍からから避難して集まった人びとがすんでいるところです。

現地でそのような話を聞いて俺が思ったことは、現地ですむ人びとぼ犠牲の上に生産されるバナナとか多くのものを私たちがなにも知らずに消費している現状、この国が食料自給率が40%ということ、何も知らないということが世界に住む人びとに悪影響を与えているんだ、ということをいろんな人に知ってもたいたい、ということです。

現地との関わりを知ること、そしてそれを知って何か少しでも行動がかわることを目標にして読みやすいブログとか写真とか伝えていけたらと思います!!では授業に行ってきます(遅れてすみません)

長文読んでいただきありがとうございます^^

2010年5月10日月曜日

フィリピンに行く前に


 こんにちは~takaです^^ フィリピンに行く前に、どのような背景があっていくのかを書いておこうと思います!! その前に昨日俺にとっての今季リーグ最終戦、勝って終われてよかった。でもしんみりしたくないしまた帰ってきたときは一緒にボール蹴りましょう!!

 さてさてフィリピンの最初にきっかけは大学一年目の初めての外国語「フィリピノ語」笑。何を思ってとったのかこの授業のおかげでその夏フィリピンに行き。。。それから2~3回フィリピンに行きましてその都度やさしくあったかい人たちに会ってます。

 こないだ2009/11月末に行ったミンダナオはその中でも大きな衝撃を受け、それが今回再び休学して行こうと思ったきっかけです。この謎のブログをどんな人が見てどう思うのか分かりませんがちょっとでもその衝撃や自分が今感じていること、現地で感じることが伝われば嬉しいです。

 ミンダナオはですね(っていってもまだ俺も勉強中なんできちんとした事実とかデータをうまく使えませんが、行って感じた体験談を書いてみます)自然がいっぱいの場所です。っていっても≪the ジャングル≫みたいな感じじゃないですよ。ちゃんとした市場も建物も道路もあります^^
 フィリピンは農業国なんですが、その中でも断然大きな資源が眠っているところでして、フィリピン産バナナといえば大抵この場所のものかと思います。ジェネラルサントスシティっていう別名ジェンサンも空港に着いたら立派な木々が生い茂ってます。そこの地域の木が70年代かそこらの日本の家とかに使われてました。

 ミンダナオ島にはイスラム教の人たちもいます。フィリピン国内の宗教の割合は約90%がキリスト教で約5%ですが、その約5%の人たちがそこに住んでます。ところでみなさんはイスラム教っていうとどう感じますか??日本自体が無宗教国で特に何も思わなかったり、9.11以降イスラム教徒は危ないんじゃないか??とか思ったりする人もいるかもしれませんが、フィリピン国内では彼らに対しての差別は大きなものとなってます。首都マニラでタクシーに乗った時に運転手さんに「ミンダナオに行った」というと「あそこはイスラム教がたくさんいて危険だから私たちは行かない」と言われました。ただでさえ仕事が少ないフィリピンでイスラム教徒ということでさらに生活が困難になってしまっています。ちなみにフィリピンではイスラム教徒のことをモロといいます。
 
 そして今回俺がお世話になるのがNGO『Moro Women Center』です。決して大きな団体でなく運営とかも苦しい状況です。そこへ自分の生活すらも困難な俺がお世話になりにいきます。笑 その団体はデイケア(幼稚園教育)や織物支援(今は中断中)、青年の組織化(非行に走らないように)などなどの活動をしています。俺がそこに行ってやることは今のところ、デイケアの先生の手伝いとMWCの活動メモ、ニュースレター作りetc... あとサッカー普及させたりあっちの青年となんかやりたいです。

 そしてこのミンダナオ滞在で重要な場所がラントンというコミュニティです。ここの人たちはある理由があって避難してきた人が作ったコミュニティです。その理由っていうのが俺の今のモチベーションになってます。

つづく