2010年11月10日水曜日

マギンダナオ大量虐殺

昨年11月23日にフィリピン南部ミンダナオ島マギンダナオ州アンパトゥアン町で起こった残劇な事件マギンダナオ大量虐殺からもうそろそろ一年が経ちます。

 私が昨年初めてミンダナオに行く直前に起こった事件であり、当時この事件を知ってミンダナオに行くことが少し不安になったのを覚えています。
 この事件は市民、ジャーナリスト、弁護士を含む58人の犠牲者を出した近年のフィリピンでも大規模な大量虐殺です。
 
 事件の背景は国政選挙まで6ヶ月となった頃、この地域の州知事の椅子を争っての政治的権力者同士の抗争です。
 州知事に立候補するための届出を提出する移動中に、アンパトゥアンJrの私兵によって襲撃された殺戮事件でした。
 事件の起こったアンパトゥアン町の町長の息子であるアンパトゥアンJrが首謀者であり、彼は父親の後継として立候補する予定でした。
 襲撃に備え届出を本人が行かず、親族やジャーナリストなどを代わりに行かせ対立陣営が手出しできないようにしていたにもかかわらず起こった事件でした。
 
 しかし、その首謀者であるアンパトゥアンJrらは国政選挙3週間前に起訴を取り下げられており、罪を問われていません。(詳しくはアムネスティインターナショナル日本の記事参照: http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=792) 
 このような罪にならない事件が起こりうるのが今のフィリピン社会のようです。政治的抗争・暴力によって生活を失う人も数多くにのぼります。

 そして58人の犠牲者を祈り、この政治的殺害が横暴する社会への怒りを主張し、二度とこのような残虐な事件が起こらないように一周年期の今月22,23日に追悼記念イベントがマギンダナオ州で行われます。

 テーマは‘Rage against Impunity! Justice for All Victims of the Ampatuan Massacre and other Extrajudicial Killings! ’(刑事責任免除への怒り!アンパトゥアン大量虐殺と司法権の及ばない殺人の全ての犠牲者への正義!) です。

 22日にジェネラルサントス市で追悼行進とキャンドルライティング、23日にマギンダナオで平和を祈っての追悼キャラバン、街頭演説といった内容でミンダナオ島からだけではなくフィリピン全土から多くの人が募ってきます。

 今回この大規模な一周年追悼記念イベントを行うにあたり、私は日本の人にもこのような事件が世界で起こっていることを知ってもらいと思います。 そして、漠然としていますが、これを知って世界がちょっとでも良くなることを日々思って生活して欲しいです。
 皆が毎日平和な世界を願ったら、世界はちょっとずつ平和になるのではないかと思います。
 そして、このマギンダナオ大量虐殺から一年、このイベントを運営し成功させるため、ミンダナオ島の平和のため個人活動ですが寄付のご協力をお願いしたいと思います。一人500円など小額でもかまいません、気持ちだけでも十分です。

ご協力してくださる方がいれば連絡してください。方法を模索中です。

フィリピンが不当に人が殺されない国になることを願います。

2010年11月4日木曜日

日本人とフィリピン人

最近はラントンというコミュニティに毎日通っています。そこにはモロ女性センターが運営している小さなデイケア(幼稚園)があって、現在その拡張工事中でお手伝いをさせてもらっています。

単純に水運んだりセメント運んだりといった簡単なことしかしていませんが、毎日ラントンの人と話したり遊んだりしています。1~2歳くらいの子から好かれたり、15歳くらいの男の子と下ネタの話したり(あっちから勝手に話を振ってきます)大人たちと仕事がないないと話したりしています。

そしてその中で考えるのが私とフィリピン人の違いです。私=日本人一般ではないですが、私の経験から日本人とフィリピン人の習慣の違いを見てみたいと思います。

それとフィリピン人としているのはコミュニティの人としたほうが当てはまると思います。

彼らは子どもの時からたくましいです。家事を手伝います。外で遊びます。生活をするために仕事の手伝い、もしくは仕事をします。勉強はとりあえずおいときます。

そんな生活を毎日していく内に、特に男の子は重いものを運んだり木を切ったりココナッツの木に登ったり飛んだりはねたりしながら、筋肉がついていき習慣的にものすごく器用で力強いです。

今工事を手伝ってくれている人も子どもも泊まっている家のお父さんも屈強で驚く一方、私にそのような能力がほとんど無いことに人種として弱さを感じます。

日本の生活は身の回りに便利なものだらけで不自由することが余りありません。ゲームや携帯電話、家具家電、スイッチひとつで楽チン生活、電話ひとつでトラブル解消。

フィリピンではそんな便利な生活は難しいことこの上ないです。便利さが難しいから、その分自分たちで多くのことをしなければなりません。しかし自分たちの手で毎日いろいろやっていくことで、器用になり腕が太くなり屈強な人種になるんだと思います。

日本での21年の生活をふりかえって、自分が便利すぎる環境でぬくぬくと育っていったのを実感します。


話は少し変わりますが、工事とは関係なく今日テントを運んでいたら重かったのと雨で地面がぬかるんでいたのでテントの脚が足にぶつかり足首を切ってしまいました。血がだらだら出て傷口から白いなにかが見え痛かったですが、近くのおじちゃんの応急処置といっぱい人が集まってきたので思ったことがいくつかあります。

ぬくぬく育ってきた私はあっけなく怪我をしたこと
(きっと彼らは本能的に怪我なんかしないだろうな)

適切かどうかはさておき応急処置がすばやいこと
(怪我したって対処法を熟知している、怪我なんかよくある)

怪我、手当てを通してコミュニティの人とまたひとつ近づいたこと
(そこの人とどれだけ出来事を共有していきたい、迷惑をかけていきたい)

応急処置が思い切ってたこと
(応急処置にコーヒーの粉は傷口に正解なのか?)



毎日コミュニティに行っている内に、フィリピンの気質、人柄、習慣など習得できるように足を治してまたラントンを楽しみたいと思います。